近年は、結婚式か成人式でもない限り、一般女性が着物を着ている姿を見ることは無くなっています。

確かに、着物は洋服に比べるといかにも動きづらそうです。

そんな着物の中でびっくりするのが、博物館などに飾られている、昔の高貴な女性が着ていたとされる「十二単」です。

十二単の中身

十二単の正式名称は「五衣唐衣裳」であり、以下のように着られていました。

  1. 素肌に「長袴」を履きます。
  2. 肌着である「単衣(ひとえ)」を着ます。
  3. 「五衣(いつつぎぬ)」を5枚以上重ねます。
  4. 「表着(うはぎ)」を重ねます。
  5. 正装である「唐衣(からぎぬ)」と「裳(も)」を着けます。
    なお、「表着」の下に「打衣(うちぎぬ)」を着ることもあります。十二単を切る場合は桧扇(ひおうぎ)を持ち、髪型は大垂髪(おすべらかし)が基本です。

十二単は平安時代中期の部屋持ちの「女房」が儀式の際に着る装束ですが、重さは平均20kgになります

重ねる衣の枚数はまちまちで、『栄花物語』の中の記述に、20枚以上も重ねて動けなくなった女性が出てきます。

室町時代には5枚となり、以降「五衣」と呼ばれるようになっています。

「十二」とは?

五衣唐衣裳を十二単と呼ぶようになったのは、「源平盛衰記」に『弥生の末の事なれば、藤がさねの十二単の御衣を召され』という文言があり、それを世間の人が勝手に思い込んだようです。

実際に、宮中では十二単という呼び名がありません。

たくさんの鮮やかな色の着物が重なっているため、多いことを表現するための語呂合わせで「十二」が使われたと推察されます。